interview
吉田林長インタビュー
北海道大学北方生物圏フィールド科学センター雨龍研究林 林長
吉田 俊也 : 神奈川県生まれ、新潟大学大学院農学研究科卒業。北海道大学北方生物圏フィールド科学センター 雨龍研究林 林長。北海道大学大学院環境科学院 教授。1999年より北海道大学で研究を始め、現職。研究テーマは「生態系の保全を考慮した森林施業方法に関する研究」を中心に、森林管理、森林同大、生物多様性保全など。
朱鞠内湖は道立自然公園の中にあり、周辺は北海道大学の研究林に囲まれています。北海道大学がこの地を研究林として創設したのは1901年、その広さは国内最大級です。北海道内でも針葉樹と広葉樹が混ざった天然林がこれだけまとまっている箇所は少なく、北海道の自然の姿を代表する景観です。このページでは、この北海道大学雨龍(うりゅう)研究林の林長である吉田俊也教授にお話しを伺いました。
朱鞠内湖とその流域を中心とした環境変化と、生物多様性保全を大きなテーマに。
-この研究林の概要を教えてください
この研究林は全体で240平方キロメートルです。1901年に「第一基本林」として北海道大学に最初に創設されました。冬の寒さはもちろんですが、最大積雪深は平野部で2mに達することもあり、道内でも有数の多雪寒冷地です。朱鞠内湖を囲む地帯は、北海道の代表的な森林タイプである針広混交林(針葉樹と広葉樹が混ざった林)が多く、一方、朱鞠内湖の下流にはアカエゾマツの林が比較的大きな面積を占めています。研究林の中にはいくつもの川が流れており、朱鞠内湖に流れ込んでいます。朱鞠内湖があることで、ここは非常に豊かな研究サイトになっていますね。
-どういった研究をされているのでしょうか
長期で大規模な野外試験やモニタリングを行っています。また、それらを基礎に、森林生態系のはたらきや生物多様性が維持される仕組みを明らかにし、森林や景観の管理方法を検討しています。 研究者寿命は長くてもせいぜい40年で、当然森林や樹木の寿命のほうが長いですよね。そこで研究林という組織では、個人ではやりきれないような、長期に及ぶ基礎的な調査を続けています。例えば、ドングリが毎年どれくらい落ちているかを数えるというシンプルな調査もあるんですよ。ずっと続けていくと、森の構成要素が、それぞれバラバラではなく連動して動いているのだということが見えてきます。気象条件とのリンクは想像しやすいと思いますが、ドングリの量が変わるとそれを食べているネズミも変わります。そうするとネズミが食べる他の動植物にも影響がでますし、ネズミを食べる動物にも影響が出るでしょう。さまざまな項目を計測し、長期にわたりデータを蓄積することで、そういった森のつながりが見えてくるようになります。
-この森はどれくらい前から存在しているのでしょう
森林内の樹木をサンプル調査していますが、湿地に生えているアカエゾマツで樹齢700年という木もあります。その木よりもサイズが大きい木もありますので、1000年近い木もあるかもしれません。針広混交林の広葉樹で樹齢300年程度の木は比較的よく見られますが、樹齢700年を超える針葉樹がたくさんある森となると、ここだけかもしれませんね。この湿地の森は、寒さや夏季の短さに加えて、養分が非常に乏しいので、木がそんなに太くなりません。700年でも60cmほどです。多くの場合、700年も経つ前に腐って倒れてしまいますが、成長が遅いのと地形的に強い風にさらされる機会が少ないためか、この樹齢まで生き残っているんですね。森に入ると30-40cm程度の太さの木がたくさんありますが、それらが300年。その計算でいくと、10cmくらいの木でも樹齢100年です。
-700年はすごいですね。調査研究はもちろんですが、森林保全もされているんですよね。
そうですね。1901年の設立当初は「大学の資産」という視点が強く、高度成長期までは、伐採して木材から収入を得るのが大きな仕事でした。昭和初期には、現在の朱鞠内湖がある土地を電力会社に売却し、その資金で北大の理学部ができたと言われています。いまは大学研究林として、朱鞠内湖とその流域を中心とした環境変化と生物多様性保全を大きなテーマに掲げていますので、森林環境を保全しながら研究を進めています。 保全の方針としてできるだけ手を入れずに、自然に近い状態を保つようにしています。特に、木と川の関係性は深いので、川の周りは伐採しません。しかし針葉樹と広葉樹が両方ある森を再生しようとなると、自然な世代交代が難しい針葉樹は人の手を加えて、育つのを促す必要があります。その場合は、周りの笹を10年近く刈り続けたりもするんですよ。
自然と人間の良い関係性は、不均質さを保ちながら、経済活動との両立に結び付けていくこと。
-手を入れない保全というのもあるんですね。
そうですね。木が倒れたらすぐ撤去する、という人間の都合だけが管理ではないんです。倒れた木を巣にする昆虫もいますから。枯れ木や倒れている木もあり、木が密集しているところもあれば、そうでないところもある。こういった「不均質さ」が天然林なのですが、この不均質で複雑な状態を管理・維持するのはとても難しいんです。
-木は切ったり撤去したりしないほうが、保全できるんでしょうか?
保全の考え方によります。さまざまな立場や視点からの考え方がありますが、私自身は、これから天然林を全く切らずに守っていくのがいいかというと、それも違うと思っています。地域の資源を活用していくという視点も大切だと考えているのです。天然林の自然な状態、すなわち不均質さを保ちながら、経済活動との両立に結び付けていくことで、自然と人間の良い関係性が作られていくのだと思います。 かつて北海道は天然林をどんどん切って資源にしてきた時代がありました。もちろん、当時も、森林を世代交代させるための配慮はありました。しかし、残念ながら、やはりそのやり方は全体としては持続的ではなかったということです。この点は反省し、その経験とデータをもとに、どういった資源管理が適切なのかを考えていかなくてはなりません。
-保全をしつつも地域資源として活用するという考え方は、朱鞠内湖のイトウと通ずるものがあるかもしれません。
そうですね。木の種類の多さはもちろんですが、個体の大小も不均質さの一つです。それはイトウも同じですよね。昔の林業の評価基準は、1ヘクタールに何立方メートルの木があるかどうかでしたが、現在はそれだけではありません。内訳を丁寧にみていくことが大切です。小さい木が少ない、イトウの場合ですと小さい・若いイトウが少ないというのは、世代交代がうまくいかない危険性が高まるので、先行き不安という判断となります。また、大きければ生き残れるというわけではなく、小さいほうが耐えきれる自然現象もあったりしますから。 この感覚は、林業に携わる人は昔からあったのだと思いますが、高度経済成長期の木材需要の高まりや、重機の発達で木が伐りやすく・搬送しやすくなったことが相まって、歯止めが利かなくなったんでしょうね。
-そう考えると、何千年というスパンで見ている木々にとっては、人間自体も不均質さを生み出す一要素かもしれないですね。
そうかもしれないですね。突然来て木を伐り始めて、今は保全活動をしているわけですから(笑)。森の中で木を利用している動物はたくさんいます。繰り返しになりますが、手を一切加えない保全ではなく、不均質な状態を保ちながら経済活動に利活用していくという視点が大事だと思っています。